ちーちゃんの四十九日にあたって
ちーちゃんが四十九日を迎える前、なんだかそわそわした感情が続きました。やたらちーちゃんのことを思い出しなぜかちーちゃんがそばにいるような不思議な感覚がずっとありました。
当日もちーちゃんが夢に出てきて、楽しくて嬉しくって、一瞬本当に現実かと思いました。でも朝起きてちーちゃんのいない現実に戻るのがあまりにも辛いとわかっていたので、夢の中でさえ私は「これは夢だ」と自分に暗示をかけました。
ちーちゃんは何度も振り返り、人間の言葉を喋って、「これが夢だけど大丈夫だよ」と何度も私に嬉しそうに話かけてくれました。
よく皆さんの話で、亡くなった後に不思議なことがあると言いますが、本当にそうなんだと思います。飼い主とワンちゃんでしかわからない何かがあると思うし、スピリチュアル的なことはわからないけど、この世の中にはまだ解明されていない不思議なことがいろいろあるから、きっと天国とこの世をつなぐ何かがあって、連絡を取る手段があるんだと思います。
今回の夢のことも本当に鮮明に覚えていて、起きたときにはちーちゃんのいない悲しさや虚しさが湧き出てきました。でも同時に「ずっとそばにいるよ」と伝えてくれている感じもして。ちーちゃんは優しい子だったから、私を心配しているんだなと思いました。
四十九日という時間はとても早くて、とても長くて、日に日に悲しみが増していきます。
普段の生活の中で、ちーちゃんとしていたことをしなくなりそれでもふとしたときに思い出します。亡くなってから、やらなくてよくなったことが浮き彫りになると、とても辛くて悲しいです。
慣れていくことも悪いことではないんだろうけど、だんだんお散歩をすることや、電気をつけっぱなしにして出かけることも忘れていって、ちーちゃんのいない生活に慣れていく自分もいます。
悲しみを忘れるためには時間が必要だと言いますが、ちーちゃんとの時間や悲しみを忘れたいわけではないんですよね。ずっとちーちゃんとどこかでつながっていたいと思いつつも、それでも人間は少しずつ何かしら忘れていくようにできているんだと思います。
四十九日にあたって、ちーちゃんの昔の写真を見ました。シニア期のちーちゃんがとてもかわいくて、昔のことを忘れていたんですが、たくさん走ってまだまだ元気なちーちゃんを見るととても懐かしかったです。そんな時期もあったんだなって。それすらも懐かしくて正直とても悲しかったです。
無理に思い出を見たりしなくてもいいと思いますし、辛かったら気持ちに蓋をする瞬間があってもいいのかなって思いました。
「立ち直る」という言い方は適切ではなく、皆さんがおっしゃるように、この悲しみとともにうまく向き合っていく方法を見つけていくものなのかなと思います。
「私とちーちゃんの話」はもう描いているので、次回から再開していきます。残り少ないので、よかったら見てください。
引き続き、皆さんにたくさん応援していただいて本当に感謝しかありません。ちーちゃんの死から想像もできないほどの悲しみを感じると同時に、これほどまでに多くの方に感謝の気持ちを持った日々もなかったかなと思います。とても幸せなことだと思います。
ちーちゃんと私が皆さんに返していけることが何かあるかなって思いながら、日々模索しています。
どうか今生きているワンちゃんたちやシニア犬のみんなが、
1日でも長く皆さんと幸せに暮らせますように。
そして、お空組のみんなやちーちゃんが、天国でも本当に楽しく過ごしているといいなと思います。
引き続き応援をよろしくお願いします。
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コメント
コメント一覧 (2)
寂しいけど大好きだよちーちゃん!
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